日本酒業界をさらに盛り上げるために、兵庫県丹波市の西山酒造に勤めながら「足立農醸」を起業し、0から独自ブランドを立ち上げた足立洋二さん(32)。
高級酒で採用される袋吊りという製法で造られた、ワイングラスで飲む日本酒「KOYOI」
これまでの日本酒のように「渋い漢字」が入ったラベルではなく、若い人でも海外の人でも親しみを持ってもらえるようなデザインが施されている。
日本酒造りの魅力をストーリーで伝えていきたいという思いのもと、足立さん自身が米造りから挑戦をして造られた逸品である。
自らが日本酒業界に入って体感した日本酒の魅力と可能性をもって、日本酒業界の課題に立ち向かう足立さんについて、兵庫を醸せ!で深堀りしていく。
果たして、足立さんが描く日本酒の未来とは…!?
日本酒の持つ力に魅了され
「ちょっとかじったら、どっぷりはまってしまいました」
そう話す足立さんはもともと日本酒に興味があり、青森県の八戸酒造に就職した。しかし、その目的は日本酒を造ることではなく、「日本酒を広めたい」というものだった。
八戸酒造といえば、2021年に世界酒蔵ランキングで1位に選ばれた酒蔵だが、その酒造りを間近で見ていた足立さんは、既存の概念に囚われないセンスの溢れる日本酒の製造に自身も感化されたという。
「本来焼酎に使う白麹を日本酒にバランス良く取り入れたり、シャンパンと同じ製法を日本酒に取り入れたりというのを間近で見て、日本酒の可能性を見出しました」
そして足立さんは、自らが考える理想の日本酒を造るべく、起業を決意した。
大阪府出身の足立さんは、関西に蔵を建てたいと考え、関西の酒蔵を探す中で縁があり西山酒造に入社した。もともと起業することを前提での入社であり、面接時にそれを伝えたそうだが「面白いことをやろうとしている」ということで入社が決まった。
勤務する中で西山酒造が耕作放棄地を持っているという話があり、そこを借りることで米づくりができると考えた足立さん。立地の関係で獣害が酷い場所だったそうだが、それでもやってみたいという思いがあったため、農業自体が初めてであるにも関わらず米づくりに挑戦する。
「ここから一気に、起業に向けての酒造りが動き出しました」
西山酒造とつながりのある農家さんのサポートも受けながら行った米づくりは、獣害の被害もなく無事に育った。実際に0から、しかも耕作放棄地の状態から農業をし、米を作ることの大変さを痛感したそうだ。
米づくりと同時期に実施したクラウドファンディングでは、足立さんの思いとストーリーが多くの人に伝わり、目標金額を大きく超えた158%で達成する。
その後、作った兵庫県産コシヒカリを、以前の勤務先である八戸酒造で委託醸造をしてもらい、完成したのが「KOYOI」である。
この委託醸造に関しても、八戸酒造はこれまで100%青森県産の米でしか酒造りを行っていなかった中で、「足立くんからの依頼なら」ということで受け入れていただいたそうだ。
平日は西山酒造で働きながら、休日に自らの酒造りを行う足立さんの苦労は並大抵ではなかったはずだが、そんな苦労と足立さんの周りの人たちの愛が詰まったお酒がここに誕生したのである。
ストーリーが日本酒の価値を高める
「大手さんにはできないストーリーを届けていきたい」
そう語る足立さんが考える日本酒の価値は、何より”ストーリー”である。
実際に日本酒業界で働いた足立さんは、日本酒業界にある課題を感じていた。それは、働いている人の賃金が安いということだった。
造られる日本酒自体は素晴らしく、手間暇がかかっているにも関わらず、日本酒自体の価格が安いため賃金が安くなる。近年では日本酒の生産自体も減っており、日本酒業界で働きたいという人や有能な人材が参画しにくく、このままでは日本酒文化を継いでいく人たちが減ってしまう恐れがあるのだ。
ヨーロッパを訪ねて
足立さんは過去にヨーロッパにある様々なワイナリーを訪ねて日本酒のイメージを聞いて回ったことがあり、そこで驚きの事実に出会う。
「酒を作ってる、って言ったら『あんなまずいもんをつくってるんか』と言われたんです。どういうことかと聞いてみると、ヨーロッパでは中国の焼酎がいわゆる”Sake”として出回っていたみたいなんです」
そこからヨーロッパの酒の概念を変えたいと足立さんは考えたそうだ。
また、ワイナリーを巡りながらワインの売り方についても聞いてみると、ワインは何よりストーリーを大事にしている、ということだった。
ワインと日本酒の違い
日本酒といえば、基本的にその醸造方法や精米歩合(磨き)で価値がつくが、ヨーロッパの人はそこにあまり興味を持たないらしい。技術や味は大事だが、それよりもブドウの品種や、造り手の納得具合、受賞経歴などで価格が左右される。ワインを味わう際にはそのストーリーが語れたり、造り手を知ってるかどうかでワイン通かどうかが判断されるのだ。
逆に日本酒は、職人の技術が高水準にあるため、どんな素材でも味の良い酒が生み出せる。そのため、味の根本を決める醸造方法や精米歩合が見られるのである。
日本酒業界の人からすれば、技術の高さは「あたりまえ」であり、ストーリーに価値はないと考えている人もいる。しかし、ワインのように日本酒のストーリーを上手く伝えることができれば、日本酒の価値を高めることができるのではないかと足立さんは考えたのだ。
これからの日本酒業界
今、若手で日本酒業界にいる人の中には、新しい日本酒を造って業界に新規参入する人が増えているそうだ。それも、今までであれば杜氏のもとで長年修行して独立するという動きが常識であった中で、そのプロセスを経ずに独立する若者も多いらしい。
特に近年、日本酒の輸出に関する法改正が行われたことによって、日本酒の輸出が積極的に行われている。日本全体の日本酒生産量自体は下降傾向であるが、日本酒の輸出量は年々大きく上昇しているのだ。
足立さんはこのムーブメントで日本酒を世界に広めたいと考えている。
不安もあるけど、愛を込めて
「KOYOI」の製造成功やクラウドファンディングの成功など、順調のように見える足立さんの起業だが、不安もたくさんある。
特に販路に関しては、新型コロナウイルスやウクライナ情勢などがあり、決まっていた輸出先が止まったりして困っているそうだ。今は世の中が不景気すぎて、いいものを造ったとしてもそれが流通していかない。
しかし、そんな中でも手を貸してくれる酒屋さんがいたり、紹介を通して人とつながっていけることがありがたいという。
「人とのつながりを大事にしていきたい」
そう語る足立さん。
「無理難題の委託醸造を受け入れてくれた八戸酒造さん、起業が前提であるにも関わらず雇ってくれた西山酒造さん、農業を1から教えてくれた農家さん、挑戦を応援してくださった方々、買っていただける方々、そういった方々の協力と助けがあって今の事業ができているので、忘れてはいけないと思っています」
美味しい日本酒はほかにもたくさんあるが、足立さんの酒は自身の「心意気」を買ってもらっているのだと語る。
その心意気とは、人とのつながりであり、日本酒への愛である。
マンパワーでお酒造りから販路拡大の営業までを、働きながら行う足立さん。常に忙しい状態が続く中でも好きだからこそできているという。
今年に法人化し、来年の2023年には大阪の高槻市にある古民家をリノベーションし醸造所にしたいと語る。
足立さんへのインタビューを通して、日本酒の明るい未来の兆しを感じた。